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『カフェ・シェヘラザード』
「セント・キルダのアクランド通りに、《シェヘラザード》という一軒のカフェがある。」〈喪郷〉をめぐるアーノルド・ゼイブルのめくるめく瞑想の始まりを告げる一文だ。それはまた、戦争後遺症が〈生存者(サヴァイヴァー)〉の心にいつまでも宿り続ける、その残像の追跡の端緒でもある。この心と心が触れ合う作品のなかで、私たちは、カフェのオーナー、エイヴラムとマーシャに出会い、彼ら、そして彼らの同類の語り手たちがつむぎ出す語りに耳を傾けることになる。上海とワルシャワの街路を永遠にほっつき歩くヨセル。ソ連時代統治下のリヴィウ(リヴォフ)で時代の罠にかかるライゼル。ヴィルニュスと神戸で孤独の味をかみしめるザルマン。そして、エイヴラムとマーシャが、終戦直後のポーランドで恋に落ち、〈光の都〉パリで結ばれ、そこから地球の裏側、オーストラリアのメルボルンでカフェを開店するにいたったいきさつ。
この磁力に浸された書物のなかで、寓話と実話は融け合い、フィクションは、〈物語〉にどこまでも忠実であり続けるための手段となる。銀の鎖で結ばれた真珠のように世界じゅうに散らばった、町という町。それらが、海辺のカフェで語りにふける老人たちの心に刻まれた地図の上で、ゆらめき、きらめく、そのままの姿で・・・・・。受賞歴
2003年 タスマニア・パシフィック・フィクション賞、「ピープルズ・チョイス賞」受賞
2001年 ニュー・サウス・ウェールズ州プレミアズ・フィクション文学賞最終候補作
「喪失と悲しみ」国民協会(National Association for Loss and Grief)賞受賞
アーノルド・ゼイブルは、今日のオーストラリアを代表する作家、人権活動家である。主な作品に、『宝石と灰』『カフェ・シェヘラザード』『いちぢくの木』『天国のかけら』『いくつもの帰還の海』『ヴァイオリン・レッスン』『闘士』、そして2020年3月の最新作『水車小屋』がある。その他、数多くのエッセイ、ストーリー集、コラム、演劇台本でも知られる。創作活動のかたわら、メルボルン大学想像芸術学部から博士号を取得(博士論文「移民体験を想像する」)。多くの受賞歴のなかには、。2013年のヴォルテール賞、2017年のオーストラリア評議会文学フェローシップ賞が含まれる。
「すべて本物の物語は 美と恐怖の双方をあわせ持っている。
恐怖だけの物語は 暗闇に暗闇を加えるのみであり、
美だけの物語は 真実になり得ない。」
アーノルド・ゼイブル
『カフェ・シェヘラザード』書評
「何よりも、これは類稀なる復帰力をそなえた一群の人々の体験を限りない愛情とともに描くポートレイトであるが、その個々の人生には独特の普遍性が宿っている・・・。素晴らしきストーリー・テラーの誕生を目にする思いだ。」マーク・ルボ『リーディング・ブックレター』誌
「物語とは繊細なもので、個々人に密着し、絶えず移ろい、束の間の存在である。よって、物語を語り伝えることには一定の責任がともなう。 この意味で、ゼイブルは〈書き手〉としての役割をあえて放棄し、ややもすれば物語の喪失にもいたりかねなかった一共同体(コミュニティー)の代筆者になったのだ。」
エドウィナ・プレストン『オーストラリア・ブックス・レビュー』誌
「残虐性の反復描写ではなく、残虐性に対する畏怖の感覚。それがゼイブルの〈ホロコースト〉譚を他から区別し、彼をしてこのジャンルにおける最良の語り部の一人にしている。」
アイヴァー・インディク『シドニー・モーニング・ヘラルド』紙
「人の心を揺さぶると同時に温かい笑みにも満ちたこの本は、人間精神の不屈さへの賛歌だ。」
ウィリアム・グーアライ『オーストラリアン・ウェイ』誌